ニューズレター

2006年 Winter Vol.12 (2006年1月発行)より

諏訪先生を偲んで

我らが良き友 素晴らしき生涯の仲間 今は亡き 諏訪富彦先生の御霊に捧ぐ
日本歯科審美学会 名誉会員 寺川國秀

 去る10月8・9日、第16回日本歯科審美学会学術大会は、大阪国際会議場に於いて、盛大に開催された。1988年4月16日、笹川記念館で初めての日本歯科審美研究会が発足して以来、初めての臨床家の視点から観た、歯科、産、学、臨、三位一体の新機軸による充実した内容のプログラムによる企画であった。
 諏訪大会長を中心に、宮内準備委員長をはじめ大阪在住の臨床家が実行委員となり、一年間の討議と準備の末「傾聴、共感、共生と審美歯科」を中心に特別講演、基調講演、教育講演、ポスタープレゼンテーションを実施し、市民フォーラムでは諏訪先生の肝いりで「日本の伝統芸能に見られる美意識ついて」など格調高い、多彩なプログラムと多数の業者展示に全国から集まった600余名の参加者は心からの感謝と盛会を歓んだ。
 初日の夜は、諏訪先生の満面笑みをたたえた、お礼の挨拶があり、韓国、スイスなど海外からの講師を交え、リオのカーニバルの踊り子を招いた楽しくユニークな親睦の輪が参加者全員の心に秋の香りと共に会場一杯に拡がっていった。
 大会長主催で二次会がホテル内で催され、皆で労をねぎらい学会二日日の成功を祈り歓びの杯を交わした。
 それが諏訪先生との永久の別れとなろうとは神ならぬ身の誰が想像し得ただろうか。
「人は生涯の中で会うべき人には、必ず逢う しかも一瞬早かるもせず退かりもせず…」
 昭和63年2月に神戸の総義歯研究会でお会いしたのが、先生との出会いでした。
 同年の4月16日の審美研究会役立に参加していただき、以来松尾先生、桑田先生等と共にASDAの学会に同行して戴き、メンバーとして、サンフランシスコやシカゴ、ニューヨークやラスベガス等で20世紀の臨床歯科を語り、21世紀の審美歯科の夢を夜の更けるのも忘れて論じあった日々、先生は常に優しい奥さんを同伴され、歯科医として成長してゆくお子さん達の話に目を細めて居られた姿が今も尚、鮮明に心に残っています。
 先生は昭和38年に大阪歯科大学をご卒業後、保存学教室副手を経て、早くからDr. ピーチの水平診療を学ばれ、「ア歯科」第一号になられました。ハワイのDr. NIshi、Dr. Masunagaに矯正、補綴を、スウェーデンではインプラントを学ばれ、特に口腔外科には造詣が深く、またAPLO(Academy of Performance Logic)の会長を長く務められ、臨床を通して後進の指導にあたられ同時に患者のために尽くされました。
 幅広い学会活動の中で、日本歯科DNA研究会理事、日本アンチエイジング歯科学会監事、日本歯科審美学会の認定医また理事として、多忙な臨床の日々にも関わらず、今回本学会の大会長の大任を引き受けて戴いたのでした。
 先生の柩の中に、大会長への感謝状と授与式の写真が沢山の花と共に納められていました。先生、素晴らしい生涯でしたネ。ご苦労様でした。安らかにお眠りください。「人は歴史を創り、歴史はまた人を創る。」


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